2008年04月12日

我が新宮市にこんな先人が居たのです

西村記念館 002.jpg西村記念館 003.jpg西村記念館 001.jpg 
【2008.〜NO24】  2008..4.12(土)晴れ晴れ  クリックして見てね!

紀州人物伝の主人公は 【西村伊作】氏です もちろん我が新宮市の名誉市民です
(佐藤春夫、童謡のはとぽっぽの東くめ女史、などと)
氏は教育界に新風を送る     (反骨を育んだ紀南の風土)〜

明治16年9月 新宮市で大石余平の長男に生まれる
この時代にしてクリスチャンだった父は伝道と事業のため名古屋に移住するが
濃尾大地震にあって両親と兄弟を失い、孤児になる。
母方の西村家に入籍し、叔父の医師大石誠之助に育てられる。その影響で社会主義運動に
参加、日露戦争のとき非戦論を吐き、召集を忌避してシンガポールに渡る。
大正10年、東京で私費を投じて東京文化学院を設立し、日本最初の男女共学制など
新しい教育で注目される。昭和18年、反戦論者としてつかまり、文化学院は閉鎖された
戦後、学院を再開する
紀州の生んだ進歩的な文化人。新宮の西村邸は新宮駅から3分の伊佐田町に
記念館として保存されています(写真参照)
昭和38年2月、78歳で波乱の生涯を閉じた  asahi文献

posted by 氷屋のおっちゃん at 21:00| 和歌山 晴れ| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史と文化の町新宮市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おっちゃんへ

ぽっぽっぽ、はとぽっぽ♪♪” もうい〜くつね〜ると お正月、お正月にはたこ揚げて♪♪”日本人なら誰でも口ずさめる唱歌、この歌が新宮出身の東くめ女史である事を知ったのはもう随分大人になってからでした。しかも滝廉太郎の作曲であったことも驚きでしたね〜(@_@。 藩士の娘とは言えあの時代に凄い人物です。
Posted by りんりん at 2008年04月13日 23:38
早速のコメント有難うございます
ごめんなさい写真添付がされていません
カメラが偏屈起こしまして本日掲載可の予定です
それにしてもりんりんさん博学ですねえ!
驚いています<失礼!
Posted by 氷屋のおっちゃん at 2008年04月14日 07:47
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